☆☆☆ merry 02
第2話 いざ、王城
本日、城入り。
王城までは馬車で5時間あまり。メリーにとって長く辛く旅になるはずだった。
愛しの妹弟と別れて、無理やり乗せられたメリーは、泣く泣く使いの兵士に八つ当たりすることで寂しさを紛らわせた。
その所為かどうかは分からないが、旅は意外にも快適だった。
王城に着いて、そこで初めて王子の名前を知った。
『アレン王子』
別に全然関係なかったが、ここに到着した時、メリーを案内した兵士は、道中メリーに蹴られ殴られ罵られて、可哀相なことに、ぼろぼろになっていた。
その姿は、身に付けていた綺麗だった鎧が埃塗れになって所々痛んでいたなどと、見るも無残であった。
そして、王子の所まで連れて行くと、そそくさと姿を眩ませた。
(あっ、あの兵士、逃げたな!? よおし、後で見つけたら・・・)
不穏なことを考えていたメリーは、
「君がヴィーナス家の者?」
不意に、声を掛けられて顔を上げた。
落ち着いた大人と、好奇心の強い子供が同居したような雰囲気。その顔が笑うとなんとも爽やかだ。しかも美形である。
メリーは突如、悔しさと対抗意識を刺激された。
彼がアレン王子だったのである。
一応、仕込まれた挨拶を、と思ってしょうがなく進み出るのを、溜め息なんぞ吐きながらアピールする。
「どうも、はじめまして。あたしがヴィーナス家の長女、メリー・ヴィーナスです。
王子、成人、大変オメデトウゴザイマス。
これから色々とお世話になると思いますが、そこの所、どぅぞ、よろしくお願いしますね!」
メリーは敵意剥き出しで、滅多に使わない敬語と営業スマイル・・・愛想笑いとで、棘棘しくて嫌味っぽい挨拶をした。
王子はうろたえる事なく、少し驚いた後、すぐに爽やかで柔らかな笑みを浮かべて、親しげに手を差し出してきた。握手である。それを無視するわけにもいかず、さも嫌々といった風に握り返して見せた。
挑戦的にその目を睨みつける。
しかし、アレンの口から出た言葉は、
「よろしく。メリー」
と如何にも親しげなままであった。
それにむっとしながら、手を引っ込めるとアレンはまた、爽やかな笑みを作った。
「オレは、アレン・キャプチノル。君のことが気に入った」
「え?」
寝耳に水とは、このことであろうか。
「オレは、ヴィーナス嬢と二人で話したいので、少し失礼をしてもよろしいでしょうか?」
「うむ・・・。少しくらいならな」
「ありがとうございます。それでは失礼」
王に断ってからアレンはメリーの手を再度取った。どういう訳か、とんとん拍子に話が進んでいく。
「こっちだ」
「え? え?」
「おいで」
強く手を引かれて連れてこられたのは、静かな人気のない庭園。
握られた手首が痛くて、思わず怒声が口をついて出た。
「ちょっと!! 痛いから、放してよ!!」
こんな所に連れてきて、一体何のつもりだというのだろう。
その強引さがメリーの怒りに触れた。
アレンは振り返ると、すぐさま顔を近づけてきた。
「ちょっと・・・!! 何のつもり・・・っ!?」
身の危険を感じたメリーが、嫌がって顔を背けようとした瞬間・・・。
「うるさい、黙れ。
まったく、王の前でよくもあんな事を言ったな」
彼は、思惑とは全く関係のない言葉を吐いた。暴言である。
しかも、その口調に表情。それは確実に別人のものであった。
「あ、あんた・・・、二重人格」
「うるさいって言ってるだろう。ちなみに、あれは社交辞令というんだ。
二重人格じゃない。ちゃんと相手見て使い分けてるんだ」
「っ・・・」
メリーは思わず絶句した。
「それよりもだな。だいたいお前、何の為にここに来たと思っているんだ?
ここは王城で、あそこは王の御前なんだぞ。立場をわきまえろ」
「充分考慮したわよ」
メリーは少し拗ねたように唇を尖らせた。いきなり説教をし出さなくてもいいではないか。
「あれでか」
「あれでよ」
すると、アレンはこれ見よがしにこちらを見ながら嘆いて見せた。
「ああ・・・。コレが、噂に名高いヴィーナス家の・・・」
「悪かったわね!」
「まあ、もういいか。こんなのに構ってる暇もないし。後は適当に愛想でも振り撒いといてくれ」
投げやりに言って、さっさと戻ろうとする。
「ちょっと・・・!」
「とりあえず笑っとけ」
「・・・」
まったく気に掛けた所のない面倒くさそうな返事が一応は返ってきたが・・・。腹の立つ。
「ああ・・・これがあのアレン王子の正体か・・・」
悔しかったので真似して嘆いて見せた。
「・・・。嫌な女・・・」
「うるさいっ!」
メリーはついアレンの頭をべしっと叩いてしまった。
「しかも凶暴。女じゃないな」
「ふ、ふん。いちいち嫌味な男ね。男らしくないわ!」
「ああ、そうですか」
相手にされてない。なんて憎たらしい男だろう。
「・・・はあ。ねえ、あたし、何かもう疲れたわ。休みたいの。部屋に案内してくれない?」
しおらしく言ってみた。
こんな気分のまま広場には戻りたくなかった。
「お前、馬鹿か。なんで王子のオレが、無礼な召使いを送ってやらなきゃならんのだ?」
「ケチ。優しくなーい。こういう時、せめて人くらい呼んでくれるでしょう!?」
「お前、馬鹿か。なんで王子のオレ様が無礼な召使いを気遣ってやらなきゃならんのだ?」
さらにひどい言葉を返されてしまった。
「うわっ、性格悪っ。もう、いいわ! あんたなんかには頼らないからっ!!」
メリーはそのまま顔を伏せた。
泣き出しそうな気配を感じてか、アレンはわざとらしいほどに優しく言った。
「ごめん、意地の悪いこと言って悪かった。今、誰かを呼んで来てやるから、少し待ってろ」
「・・・」
メリーは俯いたまま、反応を返さなかった。
それはまるで、声を出すと泣いているのがバレるから、だから最後の意地で声を出さないように耐えているかのように見えた。
「すぐ戻ってくる」
優しい言葉をさらにかけて、アレンは走り去り、そして言葉通り、すぐに戻ってきた。ちゃんと兵士も一緒にだ。
「ほら、メリー。この兵士に連れて行ってもらって。ゆっくり休むんだよ」
社交辞令、発揮である。メリーを丁寧に扱って立たせる。
「うん・・・」
メリーも大人しくアレンの言う通りに、兵士に支えられて立ち上がった。
「じゃあ、その人を頼むよ。彼女の部屋まで」
「はい、わかりました」
「オレはそろそろ祝いの場に戻らなくてはいけないから・・・」
アレンはメリーを気遣って見せてから、踵を返した。
「それでは、今からお部屋に案内いたしますから、それまで頑張って歩いてください」
礼儀正しいその口調。・・・その声。
メリーはアレンから離れて、精神的に開放されたような気分になっていた。
だから聞き覚えがあると思うその声に、今になってようやく気づいた。
「あんだ、案内係の兵士っ!?」
大声で叫んで兵士に掴みかかってしまっていた。
メリーは実は、パーティーに出たくないが為に、女の武器、涙をちらつかせて一芝居うったのである。
アレンがまんまと騙されていい気分になっていたのだが・・・。
遠くで、メリーの芝居に気づいたアレンが一旦立ち止まったが、そのまま何事もなかったようにまた歩き出した。
・・・不気味である。
そして兵士はというと、ほんの一瞬、ギクリと体を強張らせて緊張し、
「いいえ、違いますけど・・・?」
と、平然と言ってのけた。
「嘘付けぇえいっ!!」
叫びながら兜を外そうとすると、
「やめてくださいっ!!」
馬車の中で、散々聞き慣れた、抵抗の声を上げる。
「やっぱり!!」
「別人です!!」
「・・・」
「さあ、こちらです」
早く終わらせようとしているのが分かる態度。
兵士は抵抗するメリーを引きずって連れて行く。そして、すぐに部屋に着いてしまった。
「では、どうぞ、ごゆっくり。失礼します」
「あっ!!」
本当にあっという間に行ってしまった。
「・・・」
取り残されたような気分になったメリーは、仕方がなくベッドに横になっているうちに寝てしまった。
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